退職代行サービスの利用件数が、 過去最高を更新し続けている。 ニュースの見出しはいつもその数字を伝える。 けれども私たちが本当に向き合うべきは、 その数字の手前にあった、 まだ名前のついていない時間ではないか、と思う。
誰かが会社を辞める日。 その日を、 私たちは 「決断の日」 と呼ぶ。 だが当の本人にとっては、 もうずっと前から決まっていた話だったのかもしれない。 三ヶ月前の 1 on 1 で言い淀んだ一言。 半年前の会議で、 自分の発言が宙に浮いたまま流れていった瞬間。 一年前から、 上司の問いかけが少しずつ短くなっていたこと。
そういう細い亀裂の集積を、 私たちは普段、 個別の出来事として処理する。 「あの人は最近忙しそうだったから」 「そういう性格だから」 「タイミングが悪かったから」。 ひとつひとつには理由があるから、 全体としては問題に見えない。 そして、 ある日、 LINE が一通届く。 「退職代行 ◯◯ より」。
退職代行は、 末期症状ではないか。
その前にあったはずの、 静かな不全に名前を与えたい。
私たちが Kashi をつくっている理由は、 だいたいこの一行に収まる。 けれども、 一行で済む話を、 ここから少しだけ、 ゆっくり書いていきたい。
— 一、 対話不全とは、 何のことか。
内容ではなく、 構造の話をしている。
対話不全、 という言葉を最初に聞いたとき、 多くの人は会話の 中身 を思い浮かべる。 何を話しているか。 何を話していないか。 厳しい言葉が飛び交っているか、 そうでないか。
けれども私たちが見ようとしているのは、 そこではない。 一回の会議のなかで、 誰の発言が、 何秒後に、 誰によって受けられたか。 ある人の問いが、 答えに繋がったのか、 それとも 「うん」 のひと言で閉じられたのか。 同じ相手と何回会って、 その間隔は伸びているのか、 縮んでいるのか。
言ってしまえば、 これは 構造 の話である。 何を話したかではなく、 どう話されたか。 もっと言えば、 どう話され なかったか。 そういう、 当事者すら気づきにくい層に、 不全の兆しは先に現れる、 と私たちは考えている。
内容を読まなくても、 線の形だけで、 何かが起きていることはわかる。
この図は、 たとえ話だ。 けれども、 私たちが見ているのは、 だいたい、 こういうものだ。
— 二、 私たちが、 しないと決めたこと。
誰が言ったか、 は見ない。
この種の話をすると、 たいてい次のような問いが返ってくる。 「では、 誰が一番話を遮っているのか、 わかるんですか」。 「特定の社員のスコアが下がっていたら、 教えてくれるんですか」。 「離職リスクの予測ですよね」。
いいえ、 と私たちは答える。 そのどれも、 Kashi はしない。
誰の発言かは、 構造を見るために必要ではない。 むしろ、 個人に紐付いた瞬間に、 これは別の道具になってしまう。 上司が部下を測るための道具、 経営が現場を疑うための道具。 私たちはその道具を、 つくらないと決めた。
個人のスコアも出さない。 離職を予測しない。 「健康度」 のような言葉も使わない。 そのかわりに、 チームという単位で、 どんな 形 の対話が、 どれくらいの頻度で起きていたか、 それだけを返す。 残りの解釈は、 そのチームのなかにいる人に任せる。
— 三、 なぜ、 いまなのか。
ようやく、 静かな層が、 見えはじめた。
対話の構造を見る、 という発想自体は、 別に新しいものではない。 組織開発の文献を遡れば、 数十年前から繰り返し提唱されてきた話だ。 ただ、 それを実際に観測する手段が、 これまでは無かった。
会議の議事録は、 結論だけが残る。 1 on 1 の中身は、 当人たちの記憶のなかにしか無い。 構造を見ようにも、 元になるデータが、 そもそも会社のなかに存在していなかった。
ここ数年で、 その状況が静かに変わった。 オンライン会議が常態になり、 録音が当たり前になり、 構造化された対話データが、 ようやく観測対象になりはじめている。 もしかすると、 私たちはいま、 ようやく、 この層に届ける時代に入りつつあるのかもしれない。
その入口に、 Kashi を置きたいと考えている。
— 四、 私たちが、 探している人。
共に、 答えを探す人へ。
ここまで読んでくださった方は、 おそらく、 何かしらの心当たりがある方なのだと思う。 自分のチームのことかもしれないし、 過去に在籍した組織のことかもしれない。 あるいは、 自分自身の働き方のことかもしれない。
私たちはいま、 数社の組織と一緒に、 この道具のかたちを探っている段階にある。 完成された SaaS を売り込みたいのではない。 むしろ、 「うちの組織だと、 こう見える」 「この見せ方は違和感がある」 という、 内側からの声を一緒に重ねていける方々を、 静かに探している。
対話不全という現象に、 構造から名前を与えていく作業は、 一社だけでは終わらない。 業種が違えば現れ方も違う。 経営の哲学が違えば、 受け止め方も違う。 だから私たちは、 急がずに、 けれども諦めずに、 続けたい。
この序章は、 ここまでにする。 続きは、 章ごとに書いていく。